「大災害を生き抜くための食事学」 震災後に求められる備蓄食11の条件
2018年2月1日(木)〜3日(土)、パシフィコ横浜にて日本集団災害医学会学術集会が開催。2日(金)のランチョンセミナー(カリフォルニア プルーン協会共催)では、宮城大学 食産業学群 食品分子栄養学研究室 教授の石川伸一先生が、「大災害を生き抜くための食事学」をテーマに講演を行いました。その概要をレポートします。
現在、震災対策として、行政、企業、各家庭での「備蓄食」の重要性が高まってきています。
石川先生は、2011年3月11日の東日本大震災で被災し、特に「おいしい食事」の大切さを身をもって経験。災害時にどんな備蓄食が役立つのか、普段どんな準備をしておくことが大切か。被災者の一人として、また食の専門家という立場からも、さまざまな提言を行っています。
震災への備えは、日本に住む私たちにとって身近な問題です。ぜひ参考にしてみてください。
テーマ1:被災経験や過去の教訓から見えてきた食の課題
「食」には、生き抜くことはもちろん、QOLの視点も求められている
3.11、石川先生は、勤務地である宮城大学の研究室で地震に遭いました。余震が続く中、帰宅し奥様と合流。マンションの壁が一部崩壊していたため、車での寝泊まりを余儀なくされました。
講演の冒頭、まず語ったのは、ご自身が体験した震災時の食生活。
●アウトドア用のポット、カセットコンロを持っていたため、温かいものを食べることができた
●震災から2日後にはマンションの炊き出しがあり、配給品としておにぎりが届いた
●電気は震災から4日後に復旧。最初に作ったのは「きのこカレー」
●水が貴重だったので、洗わずに済むよう食器にラップを巻いて使った
●震災後、「甘いもの」への欲求が高まった。近くのケーキ屋さんで、日を通さなくても作れるクリームタイプのケーキが売られていた。懐中電灯の薄明かりの中で食べたケーキは、これまでの人生で一番美味しいケーキだった
●自宅にあった飴が宝石のように見えた
などを紹介しました。
また、阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災など、過去の震災に関する調査から見えてきた食の課題についても言及。調査データを用いながら「震災時に求められる食は、時代や土地で変わる」として、「長い間、震災時の課題はいかに生き残るかでした。もちろんそれは最優先ですが、おにぎりだけ、パンだけという食事では『心』が落ち着きません。被災者からは、野菜・果物類、魚などの生鮮食品、温かい食べ物がほしいという声も多かった」と語りました。
さらに、東日本大震災では、地震発生後1ヵ月を経過しても、配給される食糧が成人男性に必要な量(カロリー)の半分程度だったことや、2ヵ月経つと今度は揚げ物が多い弁当などが増えて糖尿病や高血圧症を悪化させる人が出たり、人々がメタボになる可能性が高まったことを紹介。「震災時の食であっても、QOL(生活の質)の視点は必要。日常生活の延長として、健全な食生活の実践を目指さなければならないでしょう」と語りました。
テーマ2:大震災を生き抜くための食とは?
震災後に求められる備蓄食11の条件
震災直後は混乱期となり、ライフラインの供給が停止するほか、店が閉まる、商品が限られる、行政などによる支援をあてにできないなどの状況が続きます。
「だからこそ、救援体制が整うまでの期間、最低1週間をのりきるために、必要最低限の食糧などを備蓄しておくことが必要です」と語った石川先生は、震災後に求められる備蓄食の条件として、次の11項目をあげました。
<震災後に求められる備蓄食の条件>
1 飲料水が不足していても食べることができる
2 お湯がなくても食べることができる
3 夏でも安全に容易に持ち歩ける
4 温かい
5 調理済みで開封してすぐに食べることができる
6 個食パックで配分が容易である
7 食器が不要
8 食べる場所を選ばない
9 ゴミ処理に配慮がある
10 栄養面に配慮がある
11 おいしい(日常の食事と同等のレベル)
このうち、特に強調したのは「おいしさ」の重要性です。震災時は、いうまでもなく、生活環境の破壊、家族の不安、生計の不安、健康不安など、さまざまなストレスにさらされます。
「そのストレスを緩和するのが食なのです。食べる楽しみは人間の本能であり、生きる糧。なのに、被災地では、口にあわなくてもまずいとはいえない雰囲気がある。『おいしいものを食べたい』は、わがままなどではなく、当たり前の感情だと思います。食事がおいしいことは、必要条件だと思うのです」と語りました。
そして、「普段食べているものを非常時にも食べることができれば、心を落ち着かせることができる」として、非常時のための備蓄ではなく、日ごろから利用できる長期保存可能な食品を買い置いて「常備」し、非常時に役立てる「常備食」が最適だと提案しました。
テーマ3:何をどう「備蓄」すればよい?
備蓄から一歩進んだ”常備蓄”のススメ
石川先生は、「大きなストレスがかかったときに食べ慣れないものを食べるのは、新たなストレスを引き起こします。常備畜は、主食、主菜、副菜にわけるとよく、それにより必要なものが見えてくる」として次のようなポイントを紹介しました。
※備蓄食を考えるときに便利な「災害時の栄養バランスガイド」(A4サイズ・両面カラー)
カリフォルニアプルーン協会制作、石川先生監修です。ランチョンセミナーで配布されました。
●主食: 米を中心に、アルファ米(水でも炊ける)やカップ麺など種類と量を多めに用意 主菜: タンパク源となる肉や魚は缶詰を活用。ふだんから使い慣れておくこと
●副菜: レトルト、スープなど好みの物を
●果物: 震災時は塩分が多い食事が続くので、カリウムが多いドライフルーツが活躍
●調味料: 油も忘れずに
●嗜好品: ストレスがあるとき、甘い物は心を「ほっ」とさせる
●水: 1人1日3リットル必要
●熱源: カセットコンロを3日で6本あると安心
被災地で、石川先生自身が「あってよかった」と感じた食材は、モチや乾物などの備蓄食のほか、ドライフルーツの「プルーン」だったそう。プルーンについてはカリウムが豊富なことに加え、豊富な食物繊維で便秘を予防、甘さもあるなどの点がとても役に立ったとか。
「日本の住宅事情を考慮すると、専用の備蓄庫を作る必要はなく、①防災袋に入れる持ち出し用、②家に常備蓄するものに分けて置いておくとよいでしょう。かつ日常的に食べて、食べたら買い足すという”食べ回しながら備蓄する方法”がおすすめ、普段から食べ慣れておくことがポイントです」と石川先生。このほか、アウトドア製品は震災時に非常に役に立つと話していました。
栄養面の考え方としては、食事バランスガイドを参考にしながら、長期保存可能な食品を準備するとよいとのこと。安全に食べる工夫としては、ラップでおにぎりを作る、食材は手で触れないようにしポリ袋で混ぜるなどの具体的なアイディアが紹介されました。
気張らず、楽しく、可能な範囲で備蓄することをはじめよう!
最後に、「日本において地震は日常の出来事であるが、中には『怖い』『考えたくない』という人もいて、時間がたつと食品備蓄をしていない人が増えていく。しかし、震災時にわずかなやすらぎを与えられるのも、『食』」である」として、石川先生は常備蓄の大切さを改めて訴えました。
そして、「個人の備蓄が進まないという点は、気張らず、楽しく、可能な範囲で備蓄することで、クリアできるのではないか。地域や家庭で、普段から持ち寄りパーティーや限られた食材、限られた道具での料理体験などを行って、”不便さ”というワクチンを打っておくと安心」とも。
石川先生が話していた「おいしいと感じる食は、個人個人で異なることを認識しよう。備蓄をしておけば、困った人に分け与えることができる。そうした助け合いも、災害時の心理的なストレスを軽減する大事な要素」という言葉も印象的でした。
ランチョンセミナー後は、石川先生にインタビューをお願いし、震災時の経験、これからの常備蓄に求められるものについて、さらに深く語ってもらいました。その模様も後日紹介予定です!
■石川伸一先生(宮城大学 食産業学群 教授)
1973年生まれ。東北大学農学部卒業、同大学院農学研究科修了。北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員を経て現職。専門は分子レベルの食品学・調理学・栄養学。農学博士。著書に『必ず来る!大震災を生き抜くための食事学 3.11東日本大震災あのとき、ほんとうに食べたかったもの』(主婦の友社)、『「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を』(清流出版)などがある。
■取材・文/及川夕子
メノポーズカウンセラーや健康食品コーディネーターなどの資格を生かし、美容・健康・医療分野を中心に、新聞、雑誌、WEBメディアなどで取材・執筆を行っている。 書籍の企画や編集、執筆も手掛ける。
■カリフォルニアプルーン協会
カリフォルニア プルーン協会は、1952年に設立したカリフォルニア産プルーンの900の生産者及び26の加工業者を代表する機関で、カリフォルニア州農務局の管轄のもとにカリフォルニア産プルーンをより多くの方々に深く知ってもらうことを目的に活動を行っています。
2018年から、災害時の栄養確保に着目し、災害時の栄養バランスガイドを制作して、第23回日本集団災害医学会総会・学術集会において、展示およびランチョンセミナーで配布をしました。
カリフォルニアプルーン協会は今後も災害事業の応援をしていきます。今回のサンプル配布企画で、専門職のみなさまに備蓄食についての知見を深めていただき、多くの方々に広めていただければと思います。
※本レポートや「災害時の栄養バランスガイド」についてのお問い合わせは、保健指導リソースガイド編集部(office@tokuteikenshin-hokensidou.jp )まで
記事提供:日本医療・健康情報研究所