土にふれる生活は心身の健康につながる アレルギーやメンタルが改善 抗ストレスの妙薬は自然の中に
こうした細菌をベースにした「抗ストレスワクチン」を開発できる可能性があるという。
自然が豊かで、非病原性細菌の多い環境にいることで、免疫システムが調整され、健康に役立つ可能性があるという「衛生仮説」が提唱されてから30年がたった。
「衛星仮説」は、1989年にロンドン大学セントジョージ医学校のデイヴィッド ストラカン教授(当時)が提唱した概念で、幼少時に非衛生的な環境にいる機会が多いほどアレルギー疾患が減るというもの。
ぜんそく、アトピー性皮膚炎、花粉症、食物アレルギーなどのアレルギー疾患はハウスダストなどに対して過剰にアレルギー応答をするものだ。このアレルギー疾患は、自然に恵まれ、農業が盛んな環境に生まれた子供に少ないことが知られている。
これは、田園部にある田畑、森林、納屋、家畜小屋には大量の非病原性細菌がいるからだという。
ストラカン教授らは、1958年に英国で生まれた新生児約1万7,000人を対象に追跡調査を行い、兄や姉のいる子供ほど、アレルギー疾患が少ないことを発見した。ストラカン教授は、弟や妹の方が兄姉から細菌に感染する機会が多いために、結果としてアレルギーになりにくくなるのではないかと考えて、「衛生仮説」を思いついた。
その後、この仮説を支持する研究が多く発表され、アレルギー疾患の有病率は、先進諸国では開発途上国よりも高く、都市部では農村部よりも高く、また生活スタイルの欧米化にともない増加することが分かってきた。
人類の歴史では自然と共生していた期間が長く、生活が近代化され清潔になったのは実は比較的最近のことだ。それまで人は土壌中の微生物にさらされて生活していた。
「こうした微生物は”古くからの友人”のようなもので、今回の研究では精神的健康にも影響を与えていることが示されました」と、コロラド大学ボルダー校統合生理学部のクリストファー ローリー教授は言う。
ローリー教授は、非病原性細菌が人間の心身の健康に与える影響について、多くの研究を発表している。
そのひとつは、農村部などの自然の豊かな環境で育った子供は、都市環境で育った子供に比べ、ストレスに強い免疫システムをもっていたり、メンタルヘルスのリスクも少ない傾向があるというものだ。
研究チーム今回の研究で、土壌に生息する腐生性細菌「マイコバクテリウム ヴァッカエ」に、抗炎症や免疫システムの調節、ストレス耐性の促進などの保護効果があることに着目。
人類と永い時間共生してきたこの細菌には、思いもよらない役割があるという。この細菌が免疫細胞に取り込まれると、受容体と結合して、数々の連なる炎症反応を遮断する脂質を放出する。
マウスにこの細菌を注射すると、まるで抗うつ剤を投与されたかように行動を変え、脳では抗炎症作用がみられた。
過去の研究でも、この細菌を注射したマウスでは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、ストレス関連障害が予防されることが報告されている。体に起きる炎症反応がこうしたリスクを高めている。
研究チームは、この細菌に特有の「(10Z)ヘキサデセン酸」と呼ばれる脂肪酸のみを取り出し、免疫細胞のひとつであるマクロファージとどのように相互作用するかを調べた。
その結果、この脂質は、細胞内でペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)と結合し、炎症を引き起こす多数の経路を阻害することが判明した。
さらに、炎症反応を促す刺激を与える前に、細胞をこの脂質にさらすと、炎症に対する耐性が強化されることも明らかになった。
この細菌を利用し、ストレスに耐性のあるワクチンや薬剤を開発できる可能性があるという。
「これは細菌叢の一種の、ほんのひと株に過ぎません。しかし、土壌には数百万もの菌株が生息しています」と、ローリー教授は言う。
「人類が、農業や狩猟採集が中心の生活から都市生活へと変動するにつれ、自然界に多く生息する微生物との接触が少なくなりました。そうした微生物は、私たちの免疫システムを調節し、過剰な炎症を抑える役目を果たしていた可能性があります。その結果、ストレスなどの精神障害のリスクも上昇しています」と、ローリー教授は説明する。
「健康を維持するために、微生物が果たしている役割やメカニズムについて、ようやく氷山の一角が見えはじめました。こうした研究で人と自然の関わりについて新たな視点を提供できる可能性があります」と、ローリー教授は述べている。
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