「ノロウイルス」はアルコール消毒薬で不活化できる クエン酸や重曹で調整が可能 手指消毒薬としても使える
pHの調整には、食品添加物として用いられるクエン酸(市販のレモン果汁でも可)や重曹を用いることもできるという。
また、市販のアルコール製剤の中には、ヒトノロウイルスには効果のないものがあることも明らかになった。
ノロウイルスは、下痢や嘔吐の症状を引き起こす感染症ウイルス。乳幼児から高齢者まで、幅広い年齢層で急性胃腸炎を引き起こし、とくに福祉施設、学校、保育園などで発生した場合は、集団発生につながることもある。
ノロウイルス感染症は冬場に多く発生し、11月頃から流行がはじまり、12~2月にピークを迎える。
感染力が非常に強く、乾燥しても数週間は感染力が失われない。糞便や吐瀉物に含まれるウイルスが乾燥して空気中に散乱し、それを吸い込むことで二次感染を起こす人もいる。
ノロウイルスはヒトにのみに感染する感染症ウイルスだが、つい最近までヒトの体外で増やすことができなかった。そのため、この感染症についての研究はほとんど進んでおらず、不活化の条件や、除染、消毒薬の効果は、その近縁であるウイルスを代替に用いて検証されてきた。
ノロウイルスは、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスのように、宿主の脂質膜(エンベロープ)に覆われていないことから、ノンエンベロープウイルスに属する。
エンベロープをもたないヒトノロウイルスは、洗剤に含まれる界面活性剤はもとより、塩化ベンザルコニウムのような逆性石けんや消毒用アルコールでも不活化できない。
アルコールの抗菌作用を増強させる手段として、pHを下げることが知られており、この酸性アルコールが上記の代替ウイルスを不活化する効果があるとして、日本国内ではヒトノロウイルスにも効果があると謳った商品が販売されている。
しかし、マウスノロウイルスに感染したマウスは下痢症状を示すことはないことから、その性状が実際にヒトに感染するヒトノロウイルスと大きく異なることも考えられ、酸性アルコール製剤が実際にヒトノロウイルスを不活化できるかどうかは不明のままだった。
研究グループはこれまでに、ヒトiPS細胞株から作製した腸管上皮細胞を用いた、ヒトノロウイルス増殖系を開発し、これを利用して、加熱や次亜塩素酸ナトリウムによってヒトノロウイルスが不活化されることを実証している。
そこで今回の研究では、同様の手法を用いて実験を行い、約200万個のヒトノロウイルス粒子を含む溶液に対して、3倍から9倍の容量の酸性、もしくはアルカリ性アルコールで30秒間処理することで、ヒトノロウイルスがほぼ完全にその感染、増殖能を失うことを実証した。
また、例年の最流行型である遺伝子タイプでは、中性のアルコール処理でもほぼ完全に不活化できることを確かめた。
研究は、大阪大学微生物病研究所の佐藤慎太郎特任准教授(大阪市立大学大学院医学研究院・ゲノム免疫学・准教授を兼務)らの研究グループによるもの。研究成果は、英科学誌「Scientific Reports」に掲載された。
酸性アルコールでヒトノロウイルスの増殖をほぼ完全に抑えることができる
また、ヒトノロウイルスは患者の便や吐瀉物といった有機的汚れの中に大量に含まれるが、これら有機物が除染剤の効果を打ち消してしまう。実際に、有機的汚れとして5%の肉エキスを含むウイルス溶液を酸性アルコールで処理した場合、その不活化効果は失われていた。
そこで、酸性アルコールに、タンパク質凝集作用(塩析効果)の強い無機塩として硫酸マグネシウムを0.1%添加すると、5%肉エキスを含むヒトノロウイルスも不活化できることを突き止めた。
アルコールの抗菌や抗ウイルス作用のメカニズムは明らかにされていないが、これら結果は、ウイルス粒子周りの有機物が硫酸マグネシウムによって取り除かれることで、アルコール分子がウイルスに作用できるようになったためと考えられるという。
今回の研究により、消毒用アルコールでは不活化できないとされていたノロウイルスが、pHを中性域から外したアルコール溶液により、次亜塩素酸ナトリウムと同程度に、ほぼ完全に不活化されることが明らかになった。
このアルコール溶液は、クエン酸や重曹、硫酸マグネシウムといった、食品添加剤のみで調整することができるため、従来の消毒用アルコールと同様に手指消毒薬として用いることもできる。
酸性、アルカリ性アルコールは食品添加物のみで作製することができ、従来の消毒用アルコールと同様に手指消毒剤として使用することもできる。
また、次亜塩素酸ナトリウムによって変色や腐食を起こすようなものの除染に使用することも可能だ。
さらに研究グループは、エンベロープをもたないウイルスにも効果があると謳われている、日本国内で販売されている4種類の消毒用アルコールのヒトノロウイルスに対する効果を検証した。
その結果、アルコール濃度やpHがさほど変わらないにもかかわらず、2種類に関してはほとんど効果がないことが分かった。これは、それぞれの商品に含まれる添加剤が、アルコールの抗ウイルス効果を阻害しているためと考えられるという。
ヒトノロウイルスは、感染性や消化管内での増殖能が極めて高く、100個程度のウイルス粒子が口に入っただけでも症状を起こす場合がある。
そのため、保育施設や病院、高齢者介護施設などで集団感染が起きやすく、患者から排出された便や吐瀉物などの処理では、大量の次亜塩素酸ナトリウムを用いて徹底的に消毒を行う必要がある。
しかし、次亜塩素酸ナトリウムは皮膚や粘膜に対して刺激が強く、また漂白作用、腐食作用も強いため、手指の消毒や衣服、金属類の除染には用いることができない。
今回の研究では、中性域を外した消毒用アルコールにも、次亜塩素酸ナトリウムに引けを取らないヒトノロウイルス不活化効果があることが実証された。
「pHの調整には食品添加物として用いられるクエン酸(市販のレモン果汁でも可)や重曹を用いることができるため、今回の研究成果は、抗ヒトノロウイルス活性をもつ手指消毒薬の開発、検証に役立つことが期待されます」と、研究グループは述べている。
大阪大学微生物病研究所
Alcohol abrogates human norovirus infectivity in a pH-dependent manner(Scientific Reports 2020年9月28日)